大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)948号 判決 1973年4月10日
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 荒木重信
被控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 原田昭
吉川武英
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。別紙添付目録記載の各不動産は、いずれも持分の割合を各二分の一とする控訴人及び被控訴人両名の共有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し、右目録記載の各不動産につき、控訴人の共有持分二分の一とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、控訴人と被控訴人とは昭和二六年四月八日結婚式を挙げて以来同棲し、昭和二七年三月四日戸籍上婚姻の届出をした夫婦であって、被控訴人は株式会社○○(○○と略称する)に傭はれて勤務し、控訴人は主婦として家庭に在って、夫婦間に出生した三人の男児の養育を始め家事全般の処理にあたっていたものであるが、結婚生活約一〇年を経て、夫婦はその協議により、土地家屋を買い求め、従前の社宅住いを止めていわゆる持家に居住することを企図し、昭和三六年二月頃訴外Bに代金一二四万円を支払って同人から別紙添付目録記載の本件土地家屋を買受けてこれに居住するに至ったこと、右買受代金の支払に充てた資金の構成内訳としては、その内、金額四〇万円を被控訴人名義による訴外Aからの同額の借入金を以て充てたほか、昭和三六年二月二三日○○からの被控訴人名義による借入金、被控訴人名義の○○の社内預金並に日魯漁業株式会社及び○○の各株式の売却代金(以上の各具体的金額の点を除く)をこれに充てたものであること、本件土地家屋の買受並に右家屋に入居するにつき、当時合計金額約六万円の手数料、登記手続費用及び大工修理費用等を支出したこと、並に本件土地家屋につき被控訴人単独名義の所有権移転登記がなされていること、はいずれも当事者間に争がない。
二、≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実を認定することができる。すなわち、
本件土地家屋の売買並に右家屋への入居に関し要した代金一二四万円、登記費用約金二万円、転居費用約金五万円及び大工謝礼金約金二万円等合計額約一三三万円の支払に充てられた資金の中、Aからの前記借入金を除くその余の具体的内訳と各調達方法は、(1)被控訴人の○○での社内預金三三万九、〇〇〇円、(2)被控訴人名義の○○の株式三〇〇株の売却代金一三万六、〇〇〇円、日魯漁業の株式一〇〇株の売却代金一万四、〇〇〇円、(3)被控訴人が○○から借受けた金五〇万円中の金四五万円であった。なお右株式中、前記○○の株式五〇株は被控訴人が控訴人と婚姻する以前から保有していたものであり、爾余の数の○○の株式(二五〇株)と日魯漁業の株式の全部とはいずれも右婚姻後に至り被控訴人の収入を対価に充てて購入されたものである。
その後昭和三六年八月頃被控訴人はかねて関係のあった他の女性と同居するため本件家屋から出て別居するに至ったが、○○から被控訴人名義で借受けた前記の金員は既に返済を終え、同じく被控訴人名義で借受けたAからの前記の借用金はその一部の返済をしたのみで残額は未済となっている。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
三、ところで控訴人は、婚姻中の控訴人及び被控訴人夫婦の共有に属する財産というべき、被控訴人の○○から得る給料等収入とその預金、もしくは右給料に代はるべき給与財産、並に被控訴人名義による他からの借受金と同人名義の株式の換価金を、その代金支払資金として買受けた本件土地家屋が、その外形上の取得名義の如何に関りなく、実質上は右金員等と同じく控訴人等夫婦両名の共有財産であって、控訴人はこれにつき各二分の一の持分権を有する旨主張するので考察する。
被控訴人が、控訴人と婚姻により夫婦として同棲生活をしながら○○に勤務することにより、○○から収得する給料等が、右婚姻共同体の維持運営に不可缺な経済的基盤(消費財獲得能力)に供せられていたものであることは、前記の認定説示を通じて自ら明かであるところ、これを被控訴人と○○との関係においてみる場合には、右収入は被控訴人自身の労働の対価支払に外ならず、被控訴人がその個人名義を以て取得するものであることが明かであるが、右収益を支え、これを維持する被控訴人の労働力再生産という観点からすれば、その再生産の場は控訴人との右婚姻生活共同体に外ならず、控訴人は主婦として右共同体における家事労働に従事することによって被控訴人の労働力再生産に直接間接に関与し、これに寄与しているものといわなければならないのであって、被控訴人と控訴人との共同生活当事者間の関係においては、右給料等の形態による財産取得に対する控訴人の協力は、もとよりそれ相当に評価せられるべきものである。
しかしながら、右控訴人の協力を、それ自体として評価するとしても、その評価の法律制度上の表現ないしは処理形態として、これをいわば物権的な効果の賦与としてなすか、或は離婚の場合に至って始めて現実的請求権の発生を認めるといういわば潜在的関係の債権の成立のみを認めることによって果すか、また物権的に評価をなすとしても、各具体的財産獲得の都度、当該取得財産の個々につき、直ちに顕在的且一般の共有と同等な効力を伴なう共有制を認めるか、もしくは婚姻継続中は一応、唯潜在的持分の成立のみを認め、離婚に至って始めて共有物分割の形式を藉りる清算的処理の実行を認めるべきか等の決定は、何よりも先ず立法政策の如何にかかるところであるとともに、これに関する夫婦間の具体的紛争の処理は、実定制度の定めるところに従って決せられるべきものというべく、婚姻による生活共同という一種の基盤的事実から直ちに、婚姻当事者各自につき、個個の獲得財産に対する夫婦としての共有(しかも実定民法上の共有制度におけると同一の意味内容を具えた共同所有形態としてのそれ)という財産権の帰属関係を当然に承認することのみが、恰も婚姻関係財産処理上の超実定法的法理ででもあるかの如く、この場合に採り得べき唯一の絶対且普遍的な法律上の処理方式であるとは到底論結することを得ないところといわなければならない。
そして夫婦別産制に立脚し、婚姻費用分担(民法第七六〇条)及び日常家事債務の連帯責任(民法第七六一条)の両規定を以て婚姻共同生活に対する配慮となし、離婚の場合につき財産分与請求権(民法第七六八条、第七七一条)を認める民法の立場と、権利の帰属主体の独立性及び明確性を要請する一般財産法秩序を考慮するときは、控訴人の主張するように、婚姻生活を営んでいる夫婦の一方が対外的にその個人名義を以て取得した給料等の財産収入につき、それがたとえ夫婦共同体の維持発展という抽象的目的を具有していたとしても、それだけで他方配偶者が、当然且直接に、しかも民法第七六二条第二項の適用に依らずして民法上の共有権を取得するものという意味における実質的共有なる見解は、当裁判所としては、にわかに首肯することができないところである。仮りに、強いてこのような一方配偶者単独名義による具体的収得財産について、常に他方配偶者との間で明確な権利の区分(即ち、共有とする場合には、各自に二分の一の権利を与えること)が必要であるとの前提に立ち、民法上の共有権の成立を認めるための要件を想定してみるとしても、それについては、当該財産取得についての趣旨ないし目的を考慮に入れない訳にはゆかないところ、これら財産取得の趣旨、目的には多種多様のものが考えられ、決して単純、一様のものではない(給料ですら、常にその全部が共同生活の目的にのみ充てられるために取得されるとは到底断言できない)ばかりでなく、取得時に常にその取得目的が確定しているものばかりとは限らないから、勢い、個々の取得財産を、夫婦間において、そのあるべき正当な権利関係の下に配置するがためには、必ずや当該財産の個々につき、対外的取得名義人となった夫婦の一方が、夫婦の内部関係において、改めて更に、右財産を当該婚姻生活共同体の維持運営の経済的資料に供すべき旨の明示または黙示の意思表示をする等、格段の処分行為がなされることを要するか、又はなされたものと解することを要するものと考えられるところ、このような個々の財産の分別方法即ち取得目的の判定や内部的処分行為の存否や趣旨の判断は、その性質上明確な資料を缺き、困難且煩に堪えないと同時に、何よりも、かかる分別化の原則的必要性の承認自体が、甚だ疑われなければならない。それ故、むしろ、夫婦間の財産関係については、特定の財産につき特段の処分行為がなされ、その効力の存続することが認められない限りは、婚姻生活共同者の内部関係は、一応、対外関係上の権利帰属状態即ち対外的取得行為についての主体名義人を権利者とする帰属関係にしたがって一義的に決せられることを以て妥当とするもの(離婚の際における夫婦の一方から他方に対する財産分与請求権を根拠附ける事由の成否は別として)と解せられ、民法第七六二条第一項にいう特有財産とは、このように対外的に形式(名義)上も、実質(この場合、単に生活基盤の共同は、これを含まない)上も、夫婦の一方によって取得せられた財産権の権利帰属関係が、夫婦の生活共同関係内部にあっても、次の処分ないし費消行為による利益の実質的配分が確定するまでは、同様に妥当すべきことを明かにした趣旨のものと解せられるのである。そして控訴人は、本件財産に対する共有持分権の取得原因としては、前記の実質的共有を主張するのみであって、前述した特段の処分行為の存在についてはその主張するところでなく、被控訴人がその個人名義を以て買受契約を締結した本件土地家屋と、その代金支払の資金に供せられた同人に対する○○からの給料等の収入、並に右給料収入を終極的な基金もしくは弁済引当として、同人名義で取得した前記預金債権、借受金及び株式(但し日魯漁業の株式名義人に関しては後記のとおりである)のいずれについても、その取得後に至り、被控訴人が改めてこれを控訴人との婚姻共同体自体の経済的資料に提供すべき旨、またはその他控訴人との共有の目的物となすべき旨、特段の処分的意思表示をなしたことは、明示黙示を問はず、これを認定しうべき何等の証拠もない。
したがって、被控訴人が○○から収得する収入は被控訴人自身の労働に対する対価であり、被控訴人の特有財産である。そして右収入を以て充てられた被控訴人名義の社内預金も被控訴人の特有財産であり、被控訴人が自己の信用に基き自己の名において○○及びAから借受けて調達した資金も亦被控訴人の特有財産というべく、また被控訴人名義の○○の株式も、その売却換価代金も、共に被控訴人の特有財産にほかならないものである。更に右特有財産で買受けて被控訴人名義とされている本件土地家屋も被控訴人の特有財産であって、控訴人が右不動産につき持分を有しているものとは認められない。
尚日魯漁業の株式名義人が果して何人とせられていたものであるかを認定すべき確証はないが、上記認定の各種財産の帰属状態に鑑み、右株式も被控訴人の特有財産であったものと推認することができるし、本件土地家屋の買受けのために調達用意した資金の全額、もしくは右代金等として現に支出した金額に比較して、日魯漁業の株式売却代金額は、可成り僅少な金額に過ぎない事実に徴し、右株式名義人の如何は上記認定を左右する程の影響を及ぼすものとは認め難いところである。
四、以上に認定説示するところによれば、控訴人が本件土地家屋につき各二分の一の共有持分権を有することに基き、被控訴人に対し、右土地及び家屋に対する控訴人の右持分権の確認、並にその各移転登記手続をなすべきことを求める請求は理由がなく、失当として棄却すべきものであって、右と同旨の原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 日野達蔵 平田浩 裁判長裁判官宮川種一郎は転任のため署名押印することができない。裁判官 日野達蔵)
<以下省略>